頸肋?鶏肋?誤字変換で歴史を学びました。岸和田まちの整体整骨院で働く筆者の休日

誤字変換

前回のブログ「胸郭出口症候群について」を書き終わり、誤字や脱字、言い回しの間違いをチェックしていたところ、
「頸肋」と入れたつもりのワードがすべて「鶏肋」と誤字変換されていました。
「鶏の肋骨って」と一人ツボにハマり深夜に笑っていたのですが、そういや意味を知らんなと調べてみました。
医療に携わり、いろんな文献やネットの世界を見て日夜勉強していると、意外と分かったつもりで理解はしてない言葉に出会います。
自分一人が納得すれば事足りる仕事と違って、患者さんに正しく説明する義務がある職種なので無知をそのままにしないで、調べる癖がついてしまってます。

さて、「鶏肋」とは呼んで字のごとく、鶏のアバラで鶏ガラのことを指します。
中華料理やラーメンに使う出汁の材料です。
でも、初めて言葉として文献に出てきた逸話が凄かった!
実は三国志で有名な「曹操」の言葉だそうです。
僕の趣味の話としてブログでたびたび、「お酒」や「パイプ煙草」、「シガー」を題材に書かしてもらいました。
それ以外の趣味として「中国歴史小説の読書」にここ何十年かはハマってます。
それで今回は「鶏肋」にちなんだお話しを紹介します。

鶏肋

初出は「後漢書」にある「楊震伝附楊修伝」や「三国志」魏書「武帝記」の注に引く「九州春秋」に記録がある魏の武帝 曹操の言葉です。

ときは西暦219年3月、三国志の時代。
曹操は蜀の先主 劉備と漢中で戦っていました。
曹操軍の前線は陽平に達していましたが、劉備の要害に拠っての守備が思いのほかよく、苦戦を強いられて進むことができなくなります。
5月になって曹操はあきらめて軍を引き、長安に帰るのですが、このときに曹操が言った言葉が

「ここは鶏肋じゃ。」
とボソッと一言。

それがなんのことか、誰にも分らなかったが一人だけ意味を理解して帰り支度をはじめました。
主簿(書記)として従軍していた楊修(後漢の建国の功臣 楊震の玄孫で袁術の甥。曹植の支持者。鶏肋の言葉によって歴史に名が残っている)である。
意味がわからない僚友はそのわけを楊修に尋ねます。

「鶏のアバラは食べるほどの肉はついていないが、さりとて棄てるのも惜しい。出汁をとることもできる。
けれども、そのためにどんなことをしてでも欲しいというものでもない。
漢中の土地が鶏肋だというのは、これ以上の戦死者を出してまで奪いたい土地ではないということに違いない。
だからもう引き上げるに決まってるよ。」
と絵解きをしました。
そのとおりで、曹操は後退を示唆した言葉を吐いたのです。

「たいした内容のものではないが、かといって棄てるのも惜しい。」
そんな意味の鶏肋。
ただ単に誤字変換しただけでしたが、好きな中国歴史に触れられてなんか得した休日でした。

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(参考文献:中国名言集 弥縫録/陳舜臣)